2025/06/02 小児科医からのヒントとトピックス
「耳から鱗!」 聞けばわかる百日咳の咳!
百日咳の流行
昨年から増加傾向となった百日咳の全国的な流行が続いています。インフルエンザ、RSウイルス感染症、マイコプラズマ肺炎、手足口などと同様に、病新型コロナのパンデミック対策で減少していた反動での流行拡大とも言えるでしょう。当クリニックでもちょうどパンデミックの直前に流行していて、毎週何人もの患者さんが見られていたのですが、感染防止対策が始まった途端にパタッと見られなくなったことを覚えています。
この百日咳、大人がかかっても、ひどい咳がつづくとはいえ、命に関わるようなことはありません。では公衆衛生上なぜ大きな問題になるのかというと、乳児期、特にワクチン接種開始前の生後2〜3か月の子どもがかかると重症化しやすく、呼吸不全〜呼吸停止で亡くなったり、肺炎や脳症を合併することがあるからであり、その感染源となるのが軽症な年長児や成人、高齢者での流行だからです。
レプリーぜ! これが百日咳の咳です
さて、このような理由でニュースでも「長引く咳、発作性の咳」などに注意するよう強調されていますが、実際どんな咳をするのかご存知ですか? 報道では「発作性の咳」「夜間の咳き込み」「咳で吐く」「息を吸った時にヒューヒューする」と言った特徴がよく挙げられており、百日咳の咳を聞いたことのない人には気管支炎や気管支喘息などと紛らわしいです。でも、実際の百日咳の典型的な咳を聞くと、「目ならぬ耳から鱗!」と言って良いくらい違うのがよくわかるはずです。まずは以下の貴重な録音を聞いてみてください。
いかがですか? 息が継げないほどの咳き込み(スタッカート)、吐く息がなくなった瞬間勢い込んで喉元をヒューッとさせながら息を吸い込み(吸気笛声)、また咳き込み、最後は涙を流し、鼻を垂らし、オエッと吐いてようやく止まる…これが典型的な「レプリーゼ」と呼ばれる痙咳期の咳発作です。新生児では、この咳さえ出せないまま無呼吸〜呼吸停止となる恐れがあります。ちなみに、大人でも「咳失神(cough syncope)」と言って、息が吐けないまま咳き込むうちに失神してしまうことがあります。
ただしこのような咳は最初から出るのではなく、発症から一週間くらいは「カタル期」といって、鼻水や咳、喉の痛みなど、軽い風邪症状で始まります。それが治まってきた頃から、咳の回数は減るも一回出ると続くようになり、いわゆる「痙咳期」になり、数週間から時には2〜3ヶ月かかって徐々に治ります。
もう一つの特徴
もう一つの特徴は、この咳発作は単発的で、とまるとケロッと何事もなかったようにしばらく咳をしないということです。もちろん、咳の合間にいくら注意して聴診しても、ヒューヒューは聞こえません。お聞きになった1分ほどの記録は一続きの録音ではなく、操作音をはさんで数回の咳発作が録音されたものです。これは。昔患者さんにお願いして、1日中カセットレコーダーをスタンバイにして待ち構え、あっ出そう!と気づいた瞬間にスタートボタンをおしてもらい、何とか間に合って録音できたものです。ひどい風邪や気管支炎あるいは喘息などでは、咳は断続して頻繁に出るので、そばで聞いていればその違いは歴然です。
自分的には、百日咳の流行時に咳を主訴に来院した患者さんには、「たまにしか出ないのに、一回出ると息ができないような咳き込み、吐くまで止まらないような咳込みはないですか?」とか、大人の方には「咳き込んだ時に気が遠くなりそう、車の運転中に咳が出始めると思わず路肩に車を止めて鎮まるのを待つ」ようなことがないかとよく問診していました。そして録音した咳を聞いてもらうと、「あっ、そうそう!ヒューヒューはしないけど、そっくり!」とか、「こんなにひどい咳じゃない」と、ほぼ白黒がついてしまうこともよくあります。
このような咳を聞いたら?
1950年以前は年間に10万人以上がかかり、2000人近くが亡くなっていました。当時は誰もが百日咳の咳を聞いた経験があり、以前祖父母から「百日咳の咳じゃない?」と言われても受診された患者さんもいました。でも、ワクチンで患者数が激減した昨今は、周囲に百日咳の咳を聞いたことのある人はほとんどいません。実は、麻疹(はしか)の発疹を見たことがない医師も多いのと同様に、百日咳の咳を聞いたことがない医師も少なくないため、診断がつきにくいのが現状です。
一度聞けばとても印象に残るので、この録音を聞いて、たまたま周囲の人がこんな咳をしていたら、「百日咳の咳に似ている」と一言声をかけていただければ幸いです。早めの診断や治療、ひいては流行拡大防止につながるかもしれません。