2025/06/07 小児科医からのヒントとトピックス
特集 百日咳(その2) 百日咳の治療と予防 〜耐性菌の増加やワクチンの重要性について〜
百日咳の診断
特有な咳などで百日咳を疑った場合には、コロナで普及した鼻咽頭からの遺伝子検査(PCRやLAMP)や血液中の抗体検査で診断を確定します。発症から1〜2週の早期には遺伝子診断が、それ以降は抗体検査が有用です。受診のタイミングなどの条件により、各医療機関の判断で行われます。確定診断がついた場合には、全例が届出対象となります。
ただし検査が陰性でも、特有な咳発作を認め、確定診断された患者との接触歴がある場合も届出対象となります。
早期治療が感染拡大防止につながる
最近はPCR検査の普及で、コロナ以前に比べて早く精度の高い診断が可能になりましたが、それでも検体の採取手技に左右されたり、発症からの日数により検出率が低下します。また、疑う前に上気道炎として抗生剤の処方を受けていると、やはり菌量が減って検出率が下がります。百日咳の感染力は非常に強く、麻疹(はしか)と同程度とされ、ワクチン未接種の家族は80〜90%の確率で感染するとも言われます。そこで臨床の現場では、検査の結果を待たずに抗生剤の服用を始めることが一般的です。
百日咳菌にはマクロライド系の抗生剤が有効で、エリスロマイシン、クラリスロマイシン、アジスロマイシンのいずれかが用いられます。服薬期間は5〜7日とされます。これにより、菌の消失、ひいては周囲への感染防止が期待されます。
ただし、百日咳の症状は菌の産生する毒素によるものなので、発症早期に治療できれば、それ以上の毒素の産生がなくなる分、軽症化が期待できますが、一旦ひどくなった咳自体をすぐに改善させることはできません。その後は鎮咳去痰剤の服用で、対照的に経過を見ます。
耐性菌の増加
最近問題になっているのは、上記のマクロライド系抗生剤への耐性菌です。今年4月には、耐性菌に感染した生後1ヶ月の赤ちゃんの死亡例が公表されました。他にも、重症化して入院となった耐性菌の感染例が複数報告されています。耐性菌に対して、成人ではテトラサイクリン系のミノサイクリンやキノロン系という抗生剤が用いられることがありますが、いずれも副作用のため小児には用いられません。代わりに、最近小児で耐性菌を疑う場合には、ST合剤という抗生剤が用いられるようになりました。しかしこのST合剤も、低出生体重児や生後2ヶ月以内の新生児、妊婦には原則禁忌となっているため、対処に難渋するようです。今後さらに耐性菌が広まる可能性が懸念されており、感染してからの治療より、ワクチンによる予防が重要です。
登校、登園基準
百日咳の出席停止期間は、「特有な咳が消失するまで」または「適正なな抗生剤による5日間の治療が終了するまで」と決められています。数週間から時として2〜3ヶ月もかかる「特有な咳が…」待つなどということは実際的ではありませんので、今は5日間の服薬後に登校、登園するのが一般的でしょう。
ただし、咳発作がひどいとそのたびに吐いたりすることもありますので、日常生活に支障がある場合は主治医と相談してください。
ワクチンによる予防が第一です
以上のように、カタル期初期の診断の難しさ、診断から治療までの間の感染防止の難しさ、痙咳期の症状の緩和の難しさを考えると、感染してからの対処より、ワクチンによる流行の抑制がより重要です。
現在、五種混合ワクチンとして、生後2ヶ月から3回と1歳過ぎに4回目の定期接種が行われています。(2024年4月から、それ以前の四種混合にヒブワクチンを加えた5種混合にが導入されました。) 乳児の重症化を防ぐためには、生後2ヶ月になり次第接種を開始することが重要です。
定期接種完了後の5回目、6回目の追加接種の勧め
さて、実は不活化ワクチンの効果は比較的早い年数で低下してくるため、ヨーロッパや北米、オーストラリアなどでは、5回以上の接種が行われています。日本でも2010年代からの成人の百日咳流行を契機に、小学校入学前に5回目の接種(任意、三種混合ワクチンを用いる) 、11〜12才で6回目の接種(定期接種の二種混合ワクチンの代わりに、任意の三種混合ワクチンを用いる)が推奨されるようになっていますが、任意のためまだ認知度は低く、接種率は低い状況です。今回の流行を契機に、5回目、6回目の接種を勧める機運が高まっており、ぜひかかりつけ医に相談してください。
* 最近、母子免疫ワクチンとして、妊婦へのトリビック接種が広まり始めています。胎盤を通じての移行抗体による、新生児や乳児期早期の感染予防効果が期待されます。次回の記事で取り上げる予定ですので、詳しくはそちらをお読みください。 (http://horikodomo-clinic.jp/information/2550/)
* 2025年6月現在、最近の急な接種増加のため三種混合ワクチン「トリビック」が供給不足になっています。入荷の見通しは、随時かかりつけ医にお問い合わせください。