堀こどもクリニック

Menu

せんせいのWeb magazine

翼よ、北に

翼よ北へ  アン・モロー・リンドバーグ著 中村妙子訳 みすず書房 2002年

North to the Orient  Harcort Brace  1935年 

70版を超える超ロングセラー「海からの贈り物」(吉田健一訳、新潮文庫)の著者の知られざる傑作です。私の最も好きな書物です。

大西洋単独無着陸飛行で有名なチャールズと結婚し、長男が生まれたばかりの1931年に、二人でニューヨークからカナダ、アラスカ、シベリア、カムチャッカから日本を経て中国まで単独調査飛行を行い、その経験をまとめたのが本書です。

巻末の強行着陸時の非常用品には拳銃からモルヒネ、毒ヘビの血清まで膨大なリストがあり、命の危険も伴う調査旅行であったことを実感させられます。けれども、本文は淡々と静かで、出会った人々へのあたたかな眼差し、風景や文化への新鮮な驚きに満ち、とても優れた随筆集です。

特に日本に関する記述が多く、旅の終着点の中国を経て、あえて締めくくりに「サヨナラ」と題する章をもってきています。そこに書かれたいろいろな国の別れの挨拶についての比較考察は多くの人に引用されています。とても印象的なので、ぜひ朗読で聞いてみてください。

さよなら sayonara = since it must be so (そうでなければならないなら)

英語 good by = god be with you (神様があなたと共にありますよう)

英語 fare well (しっかりやれよ)

英語 see you = see you again (また会いましょう)

フランス語 au revoir = till we meet again (また合う日まで)

ドイツ語 auf wiedersehen = till we meet again (また合う日まで)

日本の記述の中でもう一つ、とんぼを追いかける子どもに触れた部分があります。小さな男の子を亡くした母親の気持ちを詠んだという発句 ”hokku” が紹介されています。

「とんぼ釣り 今日はどこまで 行ったやら」 (日本語訳)

How far in chase today

I wonder

Has gone my Hunter

Of the dragon fly!   (原文)

この本の出版は1935年。1931年の調査飛行の翌年に起こった長男の誘拐殺害事件と重なり、心に響きます。

North to the Orient Anne Morrow Lindbergh Harcort Brace 1935 first edition first printing
サヨナラの章

一覧をみる